和佐隆弘の論文など - Opinions of Takahiro WASA -


by wasatakahiro

文明史からみた”経済国家の破産”⑨”見えざる神の手”に不可欠な会計の発達

この国家観における政府の役割の中で、経済と密接に関係しているのは、幸福追求の権利である。これより一ヵ月ほど先になるヴァージニアの権利章典では「財産を取得所有し、幸福と安寧とを追求獲得する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利」となっいる。財産権という、アダム・スミスの『国富論』の前提にある経済社会思想としての近代自然法学が結実されたものである。資本主義市場経済では株式会社の存在が大きく、この株式会社のあり方は国家の盛衰にかかわる。これはタテマエと思いたいが、”自明の理”とつながっているから、ホンネなのである。

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)



 それは、企業会計にはっきり示されている。株式はリスクキャピタルとされ、もっともリスクが大きいが、そのリスクの大ききが株主権の大きさとバランスしている。会計制度、監査制度、それを実行する公認会計士制度の強化、発展をもたらしている市場経済の合目的性は、市場の資源配分機能の有効性とその優劣にかかっているといっても過言でない。利潤追求を目的とする企業の経営成績は、その利益の大きさと、その成長トレンドなどから評価される。それが株価に反映され、株価が上がればそれだけ資金調達や企業買収が有利になる。競争原理が働く中で、財務戦略は経営戦略を大きく左右する。

経営成績を判断するために絶対不可欠な情報が財務デ-タである。その財務諸表を作成する会計基準に欠点があったり、運用に誤りがあったりしては、株主の権利は損われる。それではアメリカ建国の”自明の理”に反する。そんな政府は、次の大統領選挙で政権を追われる仕組みになっているから、人知の及ぶかぎりは、先見性の強いマーケットの警告に国家としては従わざるをえない。

会計制度は、もともとは株主や債権者の権利や義務を確定し、経済行為の合理性や秩序維持を目的としたものである。しかし、すでにみたように、株式が広く市場に公開され、そこで形成された株価が経営戦略としての意味を持ち、さらにそれを意識して高株価戦略が経営戦略となってもると、設備投資から人員採用まで含めた計画に大きな影響を与える。資源配分を左右するのである。

市場経済の”憲法”のようなものが会計にほかならない。その原則や基準に問題があったり、運営で”憲法の精神”に反することがあっては、それに期待される資源の最適配分は裏切られざるをえない。それど乙ろか、最悪配分になると覚悟すべきである。それがテコの原理で増幅・加速されるから、その先見性を無視したり見誤ったりすると、市場のエネルギーは爆発し、暴走する。政治権力による制御を超えることすらある。それがパフルであり、その処理を誤ると恐慌につながることは、歴史が示す通りである。

(⑩以降につづく)
1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)
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by wasatakahiro | 2009-11-08 22:29 | 既発表のもの