和佐隆弘の論文など - Opinions of Takahiro WASA -


by wasatakahiro

カテゴリ:既発表のもの( 12 )

この国家観における政府の役割の中で、経済と密接に関係しているのは、幸福追求の権利である。これより一ヵ月ほど先になるヴァージニアの権利章典では「財産を取得所有し、幸福と安寧とを追求獲得する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利」となっいる。財産権という、アダム・スミスの『国富論』の前提にある経済社会思想としての近代自然法学が結実されたものである。資本主義市場経済では株式会社の存在が大きく、この株式会社のあり方は国家の盛衰にかかわる。これはタテマエと思いたいが、”自明の理”とつながっているから、ホンネなのである。

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)

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by wasatakahiro | 2009-11-08 22:29 | 既発表のもの
経済国家・日本の政治を考えるうえで、すぐ思い浮かぶのはアダム・スミスの『国富論』であ右。それとともに、どうしても見落としてはならないのは、同じ一七七六年に発せられたアメリカの独立宣言である。ホップスの『リヴァイアサン』(一六五一
年)から百二十五年後のことだった。

現代の日本を文明史の視座から検討するうえで、アメリカは少なくとも三重の意味で重要である。一つはいうまでもなく冷戦に勝利した西側世界の主役だからである。社会主義計画経済に勝利した民主主義市場経済の体制が世界システムと
して支配的になっている以上、経済のグローバル化の前提といってもいい。

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)

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by wasatakahiro | 2009-08-19 20:21 | 既発表のもの
コペルニクスの『回転について』からほぼ一世紀を経て、ガリレオ・ガリレイとデカルトがほぼ時を同じくして地動説を確信していた。ガリレオの『天文対話』は出版の翌年、一六三三年に異端審問の裁判にかけられた。十六世紀末から十七世紀中葉にかけてのヨーロッパ動乱の時代を生きたホップスが近代国家像の基礎を築いたのは歴史の必然である。ホップスは記している。「技術はさらにすすんで、自然の理性的でもっともすぐれた作品である、人間を模倣する。すなわち、技術によって、コモンウェルスあるいは国家とよばれるあの偉大なリヴァイアサンが、創造されるのであり、それは人工的人間にほかならない」と。その序文の書き出しに、クーンのいう新パラダイムの旗手として
のホップスが読みとれる。すなわち「自然(神がそれによってこの世界をつくったし、それによってこの世界を統括している、その技術)は、・・・」と。神と世界と世界秩序とをひっくるめた自然観である。科学の対象となりうる政治体としての近代国家像を提示した。彼はそれを四つに分けて考察する。
 「第一に、それの素材と製作者、それらはともに人間である」
 「第二に、どのようにして、どういう諸信約によって、それはつくられるか、主権者の諸権利および正当な権力あるいは権威とは 何か、そして、何がそれを維持し、解体するか」
 「第三に、キリスト教的コモンウェルスとは何か」
 「さいごに、暗黒の王国とは何か」
 こうしてホッブスは、国家を人間によって人間のために創造されたものと確認したうえで、それをリヴァイアサン、つまり人工的人間と規定する。そして、この人工的人間がなぜ権力を持たねばならぬか、その正当性なり必要性の証明を国家の責任に帰した。つまり、社会科学における「挙証責任の転換」という学問方法論の確立に決定的な役割を果たしたのである。

⑧以下に続く
pp.87-97, 日本及日本人(平成9年陽春号), 1997年4月
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by wasatakahiro | 2009-04-06 20:13 | 既発表のもの
 方法の確立としてのデカルトの哲学原理は、その対象を自然に向けたとき、ガリレオの地動説という科学革命をもたらした。認識の主体としての個の確立は、イタリアに発したルネサンスとドイツやスイスでのろしを上げた宗教改革によってすでに準備されていた。この個人主義に立脚したヒューマニズムは、社会統治システムとしての政治思想に革命をもたらさずにはおかなかった。ホップスによる『リヴァイアサン』つまり近代国家の誕生である。一般にコペルニクス革命といわれる天動説から地動説への「宇宙
の中の地球」としての世界認識体系の転換は、トーマス・クーンによって”パラダイムの転換”として提起され、学問方法論に革命的衝撃を与えた。
 クーンは「科学と思想史との結合は”コペルニクス革命”の多様な構造へ接近するための必須の要件である」とし、まず、惑星の天文学の道具であったデータおよび概念をしっかり把握していなければならない、という。そのうえで「科学的概念というのは観念であり、その意味でそれらは思想史の主題である」と重要な指摘を行っ
ている。
 「技術的な科学上の資料は本質的だが、それらが機能しはじめるのは、歴史的あるいは哲学的枠組における位置が決まってからである。ひとたび位置が決まると、その原資料は科学の発展の様相、科学上の権威の性格、および科学が人間生活に影響を与えるそのやり方を示す」というのである。
 これが一九四九年以来、ハーバード大学の科学の『総合教育』コースのひとつとして行われた一連の講義から生まれた結論だという。ときに一九五七年、今から四十年も前のことである。クーンは「彼(コペルニクス)の『回転について』はおもに数式、表および図からなっているが、それを理解できたのは、新しい物理学、新しい空間概念および人間と神との関係について新しい考えを生み出すことのできる人だけだった」と。科学的概念さえもがこのように”観念”だとすれば、政治や経済を対象とする社会科学的概念は、もっともっと”観念”の要素が支配しているはずである。ケインズの
『一般理論」が”ケインズ革命”と呼ばれたのも、この意味にほかならない。

⑦以下に続く
pp.87-97, 日本及日本人(平成9年陽春号), 1997年4月
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by wasatakahiro | 2009-03-17 21:42 | 既発表のもの
 橋本内閣の六大改革の大きな柱に金融システム改革、いわゆる”日本版ビッグパン”がある。この改革の理念は、①フェア②フリー③グローバル―の三つである。資源配分を市場にゆだね、資源最適配分に向けて機能するための原理だとうたっている。
 今、何故、こんな文明社会の常識が叫ばれなければならないのかということである。そこでの問題は次の三点に分けて考えなければならない。
 まずもっとも基本的な認識として、日本社会の現実が近代文明社会とは異質だという事実の確認である。それは、具体的に何がどの同ように異質なのか、いつから続いているのか、その影響はどの程度なのか、などという問いを含めてである。
 次に、その原因である。明治開国から百三十年にもなろうとしている今日、文明開化の意に反して作用したものは何なのか。習慣や伝統といった歴史や風土のせいなのか、それとも、単なるタテマエにすぎず、ホンネは別のところにあったからなのか。あるいは、文明を妨げる特別な要因でもあったのだろうか。
 そして、もっとも重要なのは将来展望である。それは未来史をぜう読むかということだが、そこに近代文明社会における日本民族の意思としてどういう国家像を想定するかが説明できなければならない。当然、価値判断を含むものだから、その客観性が要求される。
 歴史から学ぶこと、そして古典を読むことが不可欠の条件である。近代と前近代を分かつものとして、われわれはデカルト哲学を知っている。一般には、世界観の転換をもたらしたとされるが、それはあくまでも結果であって、デカルトの価値は世界認識の方法の確立だった。それが彼の『哲学原理』であり、「理性を正しく導き、諸々の科学における真理を探求するための」と規定じた『方法序説』にほかならない。
 われわれは人生において自らの誤りを何回となく体験する。誤った認識が大きな不幸につながった場合、その原因に関心を強める。不幸を避けたいからである。アメリカの独立宣言にあるように、「造物主によって幸福追求の権利を与えられている」のである。この幸福追求に不可欠な要素が理性である。デカルトは、この理性ほど人間に公平に与えられているものはないだろう、と挑発する。『方法序説』を手にとったものに、これを否定することを拒否することから、哲学を始める誤った認識からの解放としての真
の探求には、理性の作用を必要とする。つまり、理性を正しく導くことであり、そのための方法を提示したのである。理性はそれが正しく導かれてこそ理性であり、それは方法と一体である。方法こそ理性の存在証明なのであり、「我思う、故に我あり」となった。

(⑥以降につづく)

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)
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by wasatakahiro | 2009-03-07 21:02 | 既発表のもの
 市場経済は分業と交換を車の両輪としている。そのエンジンは利潤動機であり、ガソリンは資本だが、その潤滑油は信用である。利潤や信用を代表し、測定するのが貨幣で、その最高額紙幣の一万円札の肖像は福沢諭吉である。昔は聖徳太子だった。
 
 この一万円札のデザインの変更は、実に象徴的である。聖徳太子といえば、「和を以って貴しと為す」である。これにたいして、福沢諭吉は「学問のすすめ』の第三編で「一身独立して一国独立の事」と題して、文明開化を説いている。その第一条は「独立の気力なきものは、国を思うことを深切ならず」とし、第三条では「独立の気力なきものは、他人に依頼して悪事をなすことあり」とまで言い切っている。
 
 福沢より三、四十年ほど前にアメリカ社会をみたフランスの思想家で、後に外務大臣までつとめたトクヴィルは、福沢の独立精神と文明社会のかかわりを「地位の平等」という観点から総括してみせた。それが人権を法との関係でとらえ、社会の統治科学としての政治学に大きく貢献した『アメリカの民主政治』である。
 その序論はこう述べている。「地位の平等は、公共的精神にある一定の方向を、法律にある一定の表現様式を、治者に新方針を、被治者に特殊な慣習を、与えている」と。

 さらに「この地位の平等という事実が政治的慣習と法律を超えて、その影響力を拡大している」どし、「特殊な事実を生みだすかのように見える母体的事実」を発見したという歓びでつづられている。
 
 企業はもとより、家計の稼ぎ手である労働者や投資家といった経済主体の独立性=地位の平等こそが、資源最適配分に向けて市場経済が機能するための必須の条件である。そういう独立した経済主体の形成過程に理論的基礎を与えたのがアダム・スミスの『国富論』だった。その出版がアメリカの独立宣言と同じ一七七六年だったと
いうことは、なんとも象徴的である。

(⑤以降につづく)

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)
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by wasatakahiro | 2009-03-04 22:34 | 既発表のもの
経済運営の結果として、国民経済の姿として一方における膨大な債務残高(国・地方の財政赤字の累積)と他方における世界最大の債権大国(対外純資産残高)がある。そして自由な取引の中で決る価格の動きとして、一方における大幅な株安、地価安と、他方における円高である。その中で、家計や企業、金融機関、政府機関は内外で膨大な不良債権を抱えている。

 この現実は、いったい何を意味しているのだろうか。不健全きわまりない。矛盾だらけである―といっても、説明したことにならない。こんなはずではなかったのではないか。全く人知をもってしては不可抗力な天災だったとでもいうのか。そんなことはありえな
いわけで、われわれ日本民族がつくっている国家の意思による選択の結果以外の何ものでもないのである。

 そういう前提に立たなければいけないといいたいのである。そうしないと、解決策を考えることはできないからである。日本という国は、近代国家でなくてもいいなどという人はいないだろう。主権在民の法治国家である。私有財産を憲法によって保障しており、株式会社を中心とする私企業の経営による自由な競争社会ではないのか。そして、その制度や法律を決める国権の最高機関を構成する政治家は、有権者である国民が自由な選挙で選んでいる。国会は多数決という民主政治のルールで運営されているのである。

 世界最大の債権国が、国家経営の根幹ともいえる財政で危機に直面している―ということが象徴しているように、市場経済における資源配分に問題があったのである。期待されている最適配分に機能しなかったばかりか、むしろ資源最悪配分になったと断じるほかない。まさに、アダム・スミスの言う正義の法を無視した場合の”見えざる神の手”の仕わざである。

(④以降につづく)

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)
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by wasatakahiro | 2009-03-03 15:02 | 既発表のもの
世界の正常化への激動と円高、株安

90年1月の一般教書で、ブッシュ米大統領は89年を「革命の年」と表現した。ベルリンの壁が崩壊したあと、ルーマニアのチャウセスク体制をはじめ東欧諸国の体制改革が進み、バルト三国のソ連からの独立など、それまでの常識では考えられなかったようなことが続発した。12月には、ゴルバチョフソ連最高会議議長とプッ
シュ大統領とのマルタ会議〈地中海のマルタ島沖)で、冷戦終結宣言
が調印された。

これをきっかけに、『歴史の終り』、『文明の衝突』とか「資本主義対資本主義同「大競争の時代』といった出版物の著書名がキーワードとして流行したことは、周知の通りである。それまでは、イデオロギーの対立から、米ソの両大国が互いに相手を敵とし、総力をあげて優位に立とうとした。ヒト、モノ、カネが戦争という破壊力のために最優先に動員された。「革命の年」はこうした戦争の論理から平和の論理へのパラダイム転換の年でもあった。理性の基準に照らすと、狂気の時代からの"正常化への激動"にほかならない。
ここで是非思い出してもらいたいのは、世界の政治が戦争から平和でつまり経済の論理が復権した八九年を境界にして、日本の株価が急落に転じたことである。これに続いて地価も暴落、つまり、バブル崩壊乏なった。九二年八月の総合経済対策以来、数次にわたり数十兆円もの財政支援策や史上最低金利といった金融政策にもか
かわらず、不良債権のヤマは膨張の一途をたどっている。
悪化をたどっていた国と地方の財政赤字はいよいよ"待ったなし"の状態に追い込まれた。これに加えて、年金や医療など社会保障制度も財源面から破綻を露呈し始めている。
 その一方で、国際収支はなお大幅な黒字が続いている。このため、わが国の外国への投融資から日本に対する投融資を差し引いた対外純資産残高は、九五年末で七宅五百億ドル近くに達している。このために、円相場も90年5月には1ドル80円まで円高になった。
85年のプラザ合意のときの240円台から十年で三倍という激しい円高へのプレ方である。

(③以降につづく)

1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)

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by wasatakahiro | 2009-02-27 01:51 | 既発表のもの
日本の経済発展の”神風”・冷戦体制

 ベルリンの壁が崩壊してもうすぐ十年になろうとしている。四十年にも及ぶイデオロギーの対立による地球人類社会を二分した冷戦は西側の勝利に終わった。政治における議会制民主主義と経済における市場経済体制が歴史の審判に勝ち残ったのである。戦後半世紀の歴史を振り返ったとき、日本がこの勝利した体制の側にあったこ
との幸運をいくら強調してもしすぎることはない。

 戦後の経済復興の優等生といえば、旧西ドイツと日本である。経済の奇跡とさえ称された。その一方の西ドイツは、旧東ドイツの経済的統合のために四十年に及ぶ蓄積の相当部分を消耗してしまった。一九九O年三月にボン政府の招待で旧東ドイツ初の総選挙を取材する機会があった。コール首相は一対一の通貨統合を呼びかけていたが、その時にかい間みた旧東ドイツの経済実態は一対四とも一対八ともいわれていた。

 その時、ボン政府の一人から聞いた次のことばを忘れることができない。「われわれは共産主義計画経済という不幸な体制下にある東ドイツを助けなければならないと考えできた。その時にそなえで経済力を強化し、外貨準備をたくわえてきた。近代国家としての憲法をわざわざ『基本法』と名づけているのも民族統合を達成したあ
かつきに憲法をつくるためだ」と。東側の経済の優等生といわれた旧東ドイツの経済でさえ、統合段階では巨大な”お荷物”になっていたのである。

 それに比べてみて、戦後の日本の世界史における経済環境の何と恵まれていたことか。米ソの軍拡競争下にあっては、戦争放棄をうたった九条をもっ平和憲法は、資本蓄積に大きく貢献した。そのうえ、朝鮮戦争やヴェトナム戦争といったアジアでの不幸な出来事でさえ、それらが特需景気をもたらした。まさに経済国家日本の”経営”において”神風”が吹いていたのである。

 勤勉で質の高い労働力と優秀な官僚が戦後の経済の奇跡にあずかつて力があったことは事実である。終身雇用、年功序列賃金、企業内組合といった日本的経営の果たした役割も大きいだろう。だが、冷戦構造という神風的な世界状勢がその背景にあったことを忘れては、その評価を誤ることになる。
 いや、ペブル崩壊後の景気対策がその所期目標を達成できず、対症療法から脱せられないのは、この”神風”が今や”逆風”に変わったという認識を欠いていることが深く関係している。二十一世紀を展望するうえで、現状打開策を検討するための前提として、議論のテーブルに上げておかなければならない。

(②以降につづく)
1997年4月,日本及日本人(平成9年陽春号)
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by wasatakahiro | 2009-02-25 21:45 | 既発表のもの
副題: 望まれる市場機能に不可欠な政治の立法力と、資源最適配分に複式簿記の復権を―

 ① 日本の経済発展の“神風”・冷戦体制
 ② 世界の正常化への激動と円高株安
 ③ 世界最大の債権国が財政難―資源最悪配分
 ④”一身独立”の福沢諭吉と”地位の平等”のトクビル
 ⑤ 日本版ビッグバンの条件―『方法序説』
 ⑥ パラダイムの転換とコペルニクス革命
 ⑦ 近代国家の誕生とホッブスの『リヴァイアサン』
 ⑧ 市場経済の鏡・アメリカの独立宣言
 ⑨ ”見えざる神の手”に不可欠な会計の発達
 〇 「真実性の原則」の違反だったバブル経済
 〇 ゲーテ=文明人の資格と複式簿記
 〇 公共の不幸と政府の腐敗―人権の不知
 〇 ”前近代”の超克としての『法の精神』
 〇 所得・資産の”測定”と近代合理主義
 〇 『地球人類幸福論』―『国富論』を超えて

    pp.87-97, 日本及日本人(平成9年陽春号), 1997年4月
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by wasatakahiro | 2009-02-24 22:57 | 既発表のもの